私の自担の話をさせてください

 

 

おはよう。こんにちは。こんばんは。

はじめまして、いつもありがとう、ていです。

 

皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

暑いんだか寒いんだか、どっちつかずな気候で嫌になっちゃいますね。

 

 

さて、今回は"私の自担"についてお話ししたく筆をとっております。

 

twitterでは主にKAT-TUNと有岡くんの話をしています。好きな場所は東京ドームの40ゲートスタンド中央席、いわゆる天井席です。なぜこの場所が好きなのかというところも後ほど語らせてください。

 

私はもともと、KAT-TUNだけが好きで、KAT-TUNだけを追いかけていました。何出かというと、"永遠の新規・ごく出"です。ごくせんを見てKAT-TUNのことを好きになった人たちのことを、まとめてそう呼んでいます。

彼らのことを完全に知らなかったというわけではなかったです。でもMステやら何やらでキンキさんの後ろで踊っていたあのお兄さんたちがKAT-TUNだということもこのとき知ったし、そして完全にハマったのもこのごくせんのときなので、ごく出のオタクを名乗っています。

ごくせんは一大ブームになって、だからこそ"永遠の新規"という呼ばれ方をしていました。でも、今でもそういう心持ちでいます。十何年経った今も、永遠の新規。そんな気持ちで応援しています。これはある種の呪いのようなもので。背負うべきもののような気がしています。

 

 

当時のKAT-TUNのオタクは、キャバ嬢のようなお姉様方が多く、ライブに行くのもとてもこわかったです。シメられるんじゃないかって思ってました。そして、ごく出はまさにその標的でした。古参のお姉様方のことが、当時は本当にこわかった、、

 

KAT-TUNは私たちオタクに、「声出せねえなら命はねえから」と教育・調教してきました。そしてオタクもそれに応え、「声を出せ」と言われれば声を張り上げ叫び、「てめえら」「お前ら」「野郎ども」と呼びかけられれば雄叫びを上げる。私自身も、そんなオタクへと成長を遂げていったわけです。KAT-TUNのライブは戦場です。ペンラは武器。拳を振り上げカラダを揺らし、腹の底から叫ぶのです。

 

私はしばらく、KAT-TUN至上主義的なところがありました。KAT-TUNこそ至高であると。まあ今でもそう思っています。完全に、KAT-TUNでなければ満足できないカラダにされてしまいました。

 

 

KAT-TUNは、いろんなことがあったグループです。

赤西くんが留学したり、戻ってきたり、脱退したり。

聖くんが解雇されてしまったり。

田口くんが自分のセカンドキャリアを見つめ直して自ら脱退を決断したり。

 

その都度、恨まなくてもいいひとたちを恨み、自分やまわりを呪い、生きてきました。

 

しかし、その呪縛を解いてくれたのはKAT-TUNのメンバーでした。

 

亀梨くんが、上田くんが、中丸くんが、大事そうに名前を言うから。大事そうに思い出話をするから。私のなかにあったつっかえがとれて、今では6人全員の幸せを願っています。

 

でも外野から放たれる「KAT-TUNて仲悪いんでしょ?」とか、「KAT-TUN、もう終わりだね」とか、そんな心無い言葉たちにたくさん傷ついてきたことは確かで。最近も、「絆とは縁遠いグループだよね」と言われて感情が爆発して深夜に愚痴キャスを開催してしまいました。その節は大変失礼いたしました。

 

絆とは縁遠いグループってなに?(まだ言う)

 

 

とりあえず、私が好きなKAT-TUNのエピソードを話させてください。

 

24時間テレビのメインパーソナリティを任せていただいたときのことです。

KAT-TUNの年のメインテーマは「絆」でした。それについてのインタビューを受けた上田くんと中丸くん。

 

インタビュアー:「絆」を感じるものってなんですか?(メンバーって言わせたい)

中丸くん:家族とかですかね。(わかっててあえて言わない)

うさぎさんの上田くん:なんでメンバーって言わないの!(ぷんすこ)(かわいい)

雄一さん:ここでメンバーって言ったら嘘くさくなるでしょ。(さすが雄で一番)

 

痺れた。このひとたちに一生ついていこうと思った。

 

この、言わせたいインタビュアーと言わないKAT-TUNの攻防、好きです。たまにあります。好き。

 

上田くんが今年のツアーのパンフか何かで「仲良いけど、仲良しこよしってだけじゃなくて、KAT-TUN特有のヒリヒリした空気感はずっと待っていたい(ニュアンス)」って言ってたのも最高だった。そうそう、それだよ、ヒリヒリ感。

 

でもやっぱり仲良しで可愛らしい面もちゃんと持ってて。中丸くんはああ見えてメンバーいち寂しがり屋さんなところがあるのですが、「充電期間中、KAT-TUNのこと思い出したりしました?」ってMC中に言ったりとか。あの瞬間、思い出してほしかったよね、寂しかったんだもんね、一緒にいたかったんだもんね、これからはずっと一緒だよ、良かったね、って思わずにはいられなかった。愛しい。おいちくんかわいい(号泣)思い出さないわけないんですけどね、KAT-TUNがいちばんのKAT-TUN担なんだから、、(泣)

 

KAT-TUNの皆さんて、自己肯定感よりも他己肯定感の方が強い印象があって。

俺がいなくても、あいつらは大丈夫  っていう、大きすぎるくらいの信頼があって。よくKAT-TUNは背中合わせ、なんて言われますけど、まさにそうだなぁって思います。好き。

 

KAT-TUNのライブも、唯一無二だと思っています。豪華絢爛、きらびやかで贅沢な衣装。センスが光る照明演出。どんな会場もドームかと錯覚してしまうほどの特効演出。どれをとってもハイセンスでハイクオリティ。そう思っています。だからまあ、他Gのコンサートに行くと特効が物足りなかったりする。申し訳ない。

 

KAT-TUNのライブの神席は、天井席だと言われています。そして、たしかに天井席が神席なわけです。まさに絶景。演出のなかにKAT-TUNがいて完成する、それはそれは美しい光景が広がっています。

モニターの映像、火柱や花火や水などの特効、そして照明。それらすべての演出のなかにいるメンバー。それを見るのが大好きです。だからKAT-TUNのライブのときはなるべく天井席に入りたい。

 

私が天井席が好きな理由は、こういうところにあります。

 

強く、美しく。何度でも蘇り凌駕する。そんな不死鳥のようなKAT-TUNが大好きです。(PHOENIX:2013年カウコンDVD収録  は衣装も演出も最高だから是非見て)

 

汚れたシャツの地図を、これからもずっと一緒に、もっともっと汚していきたい。(『GOLD』:「汚れたシャツが君の地図さ」)

 

 

 

そんな私が、あるひとりの可愛らしい男の子に出会うのです。彼のことは、彼がまだJr.に入ったばかりの頃から知っていました。彼は、KAT-TUNのバックについていたこともありました。というかあの頃、KAT-TUNのバックがほとんどだったのでは?と思うほど、後ろにいてくれていた気がします。KAT-TUNとNEWSのsummaryにもいたし。KAT-TUNの単独ライブ・海賊帆にもいたし。KAT-TUN関ジャニのドリボにもいたし。

 

KAT-TUNの単独・海賊帆では、マイクを持って一生懸命おしゃべりもしていました。「うるさい!」「(ここから)出るな!」「面白いことでもやってみろ!」「つまんない!」などなど。とっても可愛かった。可愛い男の子。ただ、それだけの印象の男の子でした。なんせ、当時の私はKAT-TUNに夢中で。ちょっとワルくて年上の男の人たちに、心の底から惹かれていて。他を見る余裕も、気持ちも、全くなかった。

 

そんな彼に落ちたのは、今から3年前、2015年のことでした。

 

当時大学生だった私は、同じ学部の友人に誘われてHey!Say!JUMPのコンサートに初参戦することになりました。しぶしぶ。

当時のHey!Say!JUMPのコンサートのイメージといえば、風船が飛んで、仲良しこよしおてて繋いで、みんなで一緒に楽しもうね〜〜という印象しかなかったので、KAT-TUN担の私には縁のない世界だと思っていました。

それでも参戦を決めたのは、裕翔くんの成長を見届けるためでした。その年のユニットで、「ペットショップラブモーション」を、うさぎの格好で歌って踊った彼。summaryで見た裕翔うさぎの成長を、この目で、きちんと見なければ…!という、オタク特有の謎の使命感から参戦を決意。

 

もちろん、アルバムもきちんと聴きました。私が惹かれたのは「愛よ、僕を導いてゆけ」と「Boy's Don't Stop」の二曲。BDSに関しては完全に特効を期待していました。この曲で燃やさずしていつ燃やす…?という気持ちで会場入り。そして裕翔くんのうちわを購入し着席。人生初のじゃんぷコン、開幕。

 

ここで、彼に出会ってしまうわけです。

私が持っていたうちわはたしかに裕翔くんのものでした。しかし。目で追ってしまうのは、紛れもなく、あの彼でした。

 

そう、有岡大貴くん。

 

オープニングから、手足の使い方、目線の動かし方、歌声、すべてで私を惹きつけて離しませんでした。さらに驚くことに、私が完落ちした瞬間は、そう、あの「Puppy Boo」のkiss you♡でした。まさか、KAT-TUN担の私が。可愛さ満点のkiss you♡で落ちるなんて。

もう、本当に有岡くんのことしか見ることができなくなりました。こんな感覚になるのはKAT-TUN以来でした。

 

あれ?この子って、こんなに雰囲気のある踊り方してたっけ。あれ?こんなに艶のある声色だったっけ。こんなに、感情をのせた歌い方をする子だったっけ。おかしいな、昔から知ってたはずなのに。すこし見ないうちに、こんなにも?

 

すこし見ないうちに、って本気で思っていました。でもよく考えてみれば、彼らのデビュー以降8年間、何も追っていなかった。8年もの間に、こんなにも成熟し、大人の魅力を放つようになっていた。衝撃を受けました。

 

めでたく私は、「Puppy Boo」のkiss you♡出の有岡担となったのでした。(好きだと自覚してからも自担だと言えるようになるまで紆余曲折ありました。自担だと自信を持って言えるようになったのは今年に入ってからのことです。まだまだぺーぺーです。)

 

終演後、有岡くんのうちわを買いに物販までダッシュしたことは言うまでもありません。

 

 

まわりの友達によく聞かれることがあります。

 

KAT-TUNと有岡くんて、正反対じゃない?

 

その問いには、そんなことないんだな〜〜、と答えています。

 

 

なぜか。

 

 

KAT-TUNのパブリックイメージは「夜」「悪」「オラオラ」とかかなあと思います。しかし蓋を開けてみればケラケラよく笑う良いあんちゃんたちだし、MCは男子高校生の休み時間みたいだし、寸劇大好きだし、大喜利も大好きです。(6〜4、全ての時代で必ず寸劇やら大喜利やらゲーム大会やらがメイキングに収録されている)

 

一方、有岡くんのパブリックイメージは、「ヒルナンデス(昼)」「かわいい」「キラキラ」とかかなあと思いますが、パフォーマンス中の彼の雰囲気は、大人の余裕やら色気やらがムンムンですよね。まさに、「夜」「オラオラ」です。

 

陰のパブリックイメージを持つKAT-TUNが魅せる、陽の面。

陽のパブリックイメージを持つ有岡くんが魅せる、陰の面。

 

相反するようでいて、私の中では繋がっているわけです。

 

 

 

でもやっぱり私、特効が大好きなんですよね。

比べるとかそういうんじゃなく、単純にじゃんぷちゃんのコンサート、もっと燃やせそうなのにな〜と思いながら見てます。もっと燃やせそう。燃やせる余地ある。まだイケる。バンガーナイト、もっと燃やせたんじゃないかな。なんかチョロチョロ燃えてたけど。ドームはもっと燃えるかな?「燃」という字がゲシュタルト崩壊してしまいそう。

 

でもじゃんぷちゃんにそれを求めるのはまた違う気がするから。KAT-TUNにキラキラアイドルやって〜って求めるようなものです。もっと燃やせそうだな〜って思うだけに留めておきます。

 

これがKAT-TUNのライブなら「もっと燃やせ〜〜!」って言いますけどね。燃えてる最中に。燃えてる最中に、もっと燃やせよって叫びます。ええ。

 

 

じゃんぷちゃんのコンサートを見ているときのほうがちゃんとジャニオタやってるかもしれない。少しでも近くの席がいいし。まあアリーナ後方ならスタンドの方が良いですが。ファンサも欲しくなったりするし。タオル回せ〜って言われて回すのも苦じゃないし。

 

 

KAT-TUNのライブにはKAT-TUN(今)を見に行っています。逆に、じゃんぷちゃんのコンサートにはアイドル(夢)を見に行っています。その心持ちの違いが面白くて、気づけばKAT-TUNだけでなくどっちの沼にもしっかり両足ズブズブです。

 

 

結局、KAT-TUNも有岡くんも、私を惹きつけて離しません。ていうか離してくれない。

 

 

KAT-TUNと有岡くん、もっといっぱい共演してほしいな〜 中丸くんのまじっすかにゲストで出演してくれないかな〜 やまぴ繋がりで亀梨くんとごはん行ったりしないかな〜 と、日々願っています。

 

どっちかからお互いの名前が出たときの映像とか雑誌記事とか。あと昔KAT-TUNが司会をしていた頃の少プレにじゃんぷちゃんがゲスト出演してくれたときの映像とか。去年のベスアとかPONとか。そういうのを繰り返し見てはにやにやしてます。

私、エネループか何かだろうか。

繰り返し使用可能エネルギー搭載型のオタクです。

ちょっと自分でも何言ってるのかわかりません。

 

それでもやっぱりちゃんと幸せだから、いつかまた共演したときはもっともっと幸せなんだろうな。

 

やっぱりオタクって、楽しい。

毎日の生きる力を、どうもありがとう。

 

 

このブログを読んだことをキッカケに、

KAT-TUN担のフォロワーの皆様には、たまにでいいので有岡くんのことも見てもらえると嬉しいし

有岡くん担のフォロワーの皆様には、たまにでいいのでKAT-TUNのことも見てもらえると嬉しい

ってことをお伝えして終わりにしたいと思います。

 

 

自己満な自分語りにお付き合いいただきました皆様、ありがとうございました。

 

 

 

はてブロデビューを女王蜂に捧ぐ

 
おはよう。こんにちは。こんばんは。
はじめまして、いつもありがとう、ていです。
 
 
  Hey!Say!JUMPのNewアルバム、「SENSE or LOVE」に収録されている『女王蜂』が好きすぎるがゆえに開設してしまいました。
 
  私のキャスを聴いてくれているひとはわかりますね、私が常日頃から訴えていること。そう、「Twitterの140字じゃあたしの思いは収まんねえよ」問題。
 
これ、はてブロ開設すれば解決なのでは…?でも私がブログ…?書いたってどうせ読んでくれる人なんていないもん……
 
という具合に、ぐだぐだうじうじ悩んでいました。ずっと、悩んでいた、のですが。あるとき、有岡くん担のお友達のキャスで「卒論並みに女王蜂のこと考えてる」ってコメントしたんです。そこに鶴の一声、「はてブロで書きなよ〜」。
 
一旦はね、「私はてブロやってないから〜」って言ってみた。しかしすでに私の中で何かがうごめいていた。「よし、開設してみっか」(ちょろい)。そして今に至る(ざっくり)。
 
 
  さて、私のどうでもいい開設話はここら辺で終わりにして。『女王蜂』の話にさっさと移りたいと思います。したくてしたくてしょうがなかった!
 
 
  まず前提として、今から述べることは全て"私個人の主観"による、"考察"とは名ばかりのただの"オタクの戯言・妄言"です。「おやっ?」と思うところがあったら思いっきり「戯れを申すな!」って言ってやってください。きっと目が覚めることでしょう。
 
  そして、ここに書く内容は私の備忘録とでも思ってください。よろしくお願いします。
 
 
  では、『女王蜂』を脳内で(ここ大事)再生しながらお読みいただけると幸いです。長くなったらごめんなさい。
 
  まずはイントロ。
はい、もうすでに素晴らしいですよね。このピアノのサウンドがこれから語られるお話の切なさを予感させます。
 
ーーーー「お嬢ちゃん、ひとりかい?まあまあ、こっちきて座んな。今は昔のことさ。己のプライドの高さゆえにそれはそれは深い孤独の闇に堕ちていった女がいてね。…あんたと同じような目をしていたよ。」ーーーー
 
ってセリフ入れたい(入れたい)
 
  イントロ部分、ピアノがこれから語られるお話の導入・前振り、ピアノの音が止んだ一瞬の間、そして手拍子で過去へと遡り、そこに弦バスが加わることで過去の物語がスタート、って感じなんだろうなって思ってます。
 
  さてさて。
檸檬色の月の下」で一気に情景が浮かびますね。素晴らしい。素敵。きっと、窓から月が見えるんでしょう。彼女はそれを、情事の最中、男の肩越しにちらと見た。かもしれない。そして彼女はこう言います。
 
「愛とか恋とかいらないわ」
「鍍金剥がせばただの欲望」
「爪をはわせて全部舐ってあげる」
 
愛とか恋とかいらない、そんなのただの幻想。結局は抱きたいだけでしょう?ほら、差し出して、あなたの好きなようにしてあげる。…ってことじゃん?最高。こんなに露骨な表現の歌詞がじゃんぷちゃんの曲の中にあるってのがまた最高。(語彙力はどこかに捨てた)
 
 
  そして、ここからが本題。
私が痺れたポイント①:蝶と女王蜂の対比
「脆弱に生きるじゃない/猛毒と甘い蜜の女王蜂
蝶は花から花へ飛び回って蜜を吸う。花がなければ生きられない(実際の蝶は種類によっては花の蜜以外も吸うらしい。樹液とか)。この"脆弱"とは、"可憐さを振りまき男から男へ(花から花へ)飛び回り、男(花)に頼ること"を意味してるんだと思います。そういう生き方をする女性のことが、彼女の目には蝶のように映っているということですね。
 
愛?恋?そんなのいらないわ、だってあたしは数多の男を侍らす女王蜂。それも、己の猛毒で狙った男を捕らえ、そして己の甘い蜜で男を虜にするのよ。どこぞの蝶と一緒にしないで。男に頼らなければ生きていけないだなんて、あたしはそんなに弱くないの。
 
的なね。(的な)
 
この、蝶と女王蜂の対比、とても好きです。自分よりも下に見ているのであろう蝶を引き合いに出すことで、女王蜂としてのプライドを表現していますね。
 
  KAT-TUNの楽曲に『MOON』という曲があります(KAT-TUN 4枚目のアルバム 「Break the Records -by you&for you-」通常盤に収録)。この『MOON』には、「一夜限りの月の光、全て脱ぎ捨てて羽ばたく蝶になる/生まれ変わっても抱きしめてね、同じ優しさで私を愛して」という詞があります。これもまた最高なので機会がありましたら是非聴いてみてください。
 
ほうほう、KAT-TUNは蝶、じゃんぷちゃんは女王蜂、おもしろいじゃないの。でもこのことについても喋っちゃうとめちゃくちゃ長くなるし読んでくださってるみなさんもしんどくなっちゃうと思うのでご紹介するだけにとどめておきます。
 
  さて、1番の比較対象は蝶ですが、2番は蜘蛛です。この蜘蛛との対比もとても好きです。
「孤独に巣をはる蜘蛛じゃない/一夜の契りに誘う女王蜂
蜘蛛は糸で巣(罠)をはり、餌となるほかの生き物を捕らえます。彼女には、"誰彼かまわず身体を許している女"のことが、蜘蛛のように見えているのかもしれない。
 
罠なんか仕掛けない。そんなの、孤独な女がすること。あたしは狙った男を己の魅力で引きずり込んで虜にするの。罠にかかった男を誰彼かまわず招き入れているような、そんな蜘蛛みたいな女と一緒にしないで。
 
的なね(的な)。
 
あたしは男に頼って生きる蝶のような女でも、誰彼かまわず招き入れる蜘蛛のような女でもない。という、女王蜂としての彼女の自信、プライドが伝わってきます。
 
 
  次に進みます。
「そうよ、そうやって/ここまできたのに」
この有岡くんの「そうやって」の歌い方が好きすぎてつらい。天才のなせる業。有岡くんの声って、すこし吐息がまざってるじゃないですか。だからあんなに雰囲気のある歌い方ができるんだなって。好き。ただの感想になってしまった。でも好き。めちゃくちゃ好き。
 
いやしかしこの歌詞、なんだか影がありますね。「そうよ、そうやってここまできたのに」。彼女のポリシーを覆す、何かが起きた。何が起きたのでしょう。サビでわかるかな?
 
 
 
  では、満を持して、サビです!ようやくだ!
脳内再生、スタートお願いします!いえあ!
 
 
 
 
ジャージャージャージャージャガジャジャガジャ🎶
 
「今更ナンセンス/業(カルマ)背負って」
 
はいストップ!ストップストーップ!音止めてっ!(cv.薮宏太)
 
ちょっと待って、今なんて言った?カルマ?え、カルマ??最高かよ。
出鼻くじいてすみません。でも止めずにはいられなかった…!
 
私が知っているアイドルに輪廻転生を背負うアイドル(KAT-TUN)(『WATER DANCE』4枚目のアルバム 「Break the Records -by you&for you-」に収録)がいるのですが、なんとじゃんぷちゃん、カルマ背負っちゃった。いや〜、最高。
 
 
私が痺れたポイント②:業(カルマ)を背負っている
「業(カルマ)」とは、簡単に言えば「結果をともなう行い」です。なーんだ、そんなことか。って思いますよね?ただこれ、言い方は悪いですがめちゃくちゃしつこいんですよね。
 
カルマはなんと7つに分裂して、6つ先の世まで追っかけてきます。現世で悪いことをすると、来世の自分だけでなく、6つ先の世の自分にまでその行いの結果が降りかかる。そしてその結果のことを「報い」と言います。
 
それでは、彼女のカルマとは何なのか。
 
彼女のカルマとは。
「欺き続けた/その報いかしら」
はい、ここですね。「欺き続けた」こと。彼女への愛を謳う男たちを欺き、あしらい、女王蜂として君臨し続けた彼女。では、そんな彼女が受けた報いとは?ヒントはこの直前にあります。
 
「本気だなんて死んでも言わない/それじゃ駄目?教えてよ」
 
なんと彼女、「本気」になってしまった。
 
 
ここで彼女のこれまでの発言を振り返ってみましょう。(1番のみ)
・「愛とか恋とかいらないわ」
・「鍍金剥がせばただの欲望」
・「脆弱に生きる蝶じゃない、猛毒と甘い蜜の女王蜂」
 
からの、
「そうよ、そうやってここまできたのに」
 
 
ここまで読み進めてみると、女王蜂としてのプライドを表現していたこれらの言葉たちも、なんだか、憂いを帯びてきますね。
あの強気な言葉たちを自分自身に言い聞かせる。「そうよ、そうやってここまできた」。なのに。私はあの人を愛してしまった。でも、それでも。私は女王蜂、「本気だなんて死んでも言わない」。
 
「今更ナンセンス/わきまえていたはずなのに、躊躇うなんて」
2番「今更なんで?この胸を抉る感情に戸惑うなんて」
彼女の報いとは、簡単に言ってしまえば"誰かを愛してしまったこと"。そして新たに覚えた感情に戸惑い、苦しまなければならないこと。女王蜂として、誰も本気で愛さないと、そうわきまえていたはずなのに。なんで今更?「この胸を抉る感情に戸惑うなんて」。
 
  2番にこんな詞がありますね。
「後悔してるの?こんなにしといて」
これ、言葉の攻撃力とその衝撃がすごすぎてそこばかり気になっちゃいますけど(知念ちゃんパートだし)、なかなか考えさせられる言葉ですよね。「後悔してるの?こんなにしといて」って。
 
どういうことなんだろう。
 
これまでの彼女は、男性側が本気になろうがなんだろうが、男性のことを夜の相手、ただそれだけの相手としか見てこなかった。そして今宵の男性は、それを察してしまった。だから後悔した。本当の意味での彼女は手に入らない、そう思っている。もしかしたら、手に入らないのならもう次はない、と彼女に伝えたのかもしれない。彼女は彼女で、プライドが邪魔をしてその男性のものになることなんてできない。「本気だなんて死んでも言わない」。これまでだってそうやって生きてきた。「そうよ、そうやってここまできたのに」。「それじゃ駄目?教えてよ」。
 
しかし、2番のサビに
「本気になんて死んでもならない/嘯いていたけれど」
という歌詞があります。「嘯く」とは、「平然と言う・大きいことを言う・ほらを吹く」という意味ですね。
これまで、「本気になんて死んでもならない」と平然と言っていたけれど、どうにか繋ぎとめたくなってしまった。「後悔してるの?こんなにしといて」。後悔してるの?こんなに好きにさせといて。「この胸を抉る感情」に、こんなにも戸惑っているのに。
 
 
 
…うーん、難しい。皆さんは、どう思いますか?
 
でもでも、だとしたら、つらすぎない?切なすぎない?スギルセツナの再来ですか?セツナスギルな?
 
 
  間奏部分の歌詞、これもなんとも言えない。
「毒されていたのはきっと、私の方だね」
愛に、毒されていた。とてもしんどい。
 
私、「空虚な笑い声が溢れて消えた」の、「た」の音がすごく好きで。あーあ、っていうため息みたいで。それもすごく自嘲的な。好きです。
 
 
 
  大サビ部分、1番のサビが繰り返されます。なんだかそれが、彼女のカルマと報いの連鎖を見ているようで。どうにかならんのか。どうにか、彼女に光を。振り払われるかもしれないけれど、彼女の頭をそっと撫でて、「あなたはひとりじゃない」って言ってあげたい。きっと、いや絶対、振り払われるだろうけど。
 
  最後、アウトロでまたピアノの音色が響きますね。現実に戻ってきたのでしょうか。語り手は本人かな?それとも彼女をよく知る知人?本人がいいなあ〜(知らん)
 
「あんたはこうなるんじゃないよ。あたしみたいにはね」って自嘲気味に呟いて、酒を煽る彼女の姿が見える……(幻覚)
 
 
  2番の歌詞には触れないって言ったのに普通に出してた。そういうもんだよね。ごめんなさい。
 
たぶん、おそらく、もっと考えればもっとたくさんの読み取り方があるんだと思う。私は極々普通、真っ当な受け取り方をしたと思っているけれど。じゃんぷちゃんはどう読んで、どういう受け取り方をして歌ってるんだろう。それが知りたい。
 
  コンサートで披露されるとき、どんな演出になるのかな。実は私、スクリーンに流れる映像にすこしだけ(というかかなり)理想がありまして。まず、乱雑に脱ぎ散らかった服をたどっていくと、ベットの端に座る女性の影が映し出されたり。メンバーひとりひとりの、苦悩するような、辛そうな表情や、頰や額、顎に手を当てて思い悩むようなカットがあったり。
あと、衣装は黒のスーツに赤いポケットチーフを挿して、黒のハットをかぶって踊ってほしい。ネクタイは締めても締めなくてもどっちでもいい。そして赤い照明でステージを照らしてほしい。そういうのを想像してしまっています。いやほんと、私の理想なんて本気でどうでもいいけどね。
 
 
いやあ、でももうツアー始まってるし!もう生で『女王蜂』のパフォーマンスを見た方がすでにいるんですもんね!うわ!そっか、そっか。楽しみだなあ(^ω^)
 
 
 
  では。最後まで読んでいただいた皆さん、ありがとうございます。途中で読むのやめた方も、ありがとうございます。皆々様に感謝申し上げます。大変長らく、お付き合いいただきました!書いててすごく楽しかった…!
 
ありがとうございました。ていでした!